5G電波の規制

 第5世代移動通信システム(5G)の2020年サービス開始へ向け、総務省の情報通信審議会は2018年9月12日、電磁波(電波)による健康影響についての国の基準である「電波防護指針」の改定案を総務大臣に答申しました
 これに先立つ7月11日、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)も国際指針値(ガイドライン)の改定案(ドラフト)をまとめ、10月9日まで意見を募集しました。
 情報通信審議会の改定案と、ICNIRPのドラフトは、結論として示している指針値の数字は、ほとんど同じです。また、その結論を導いた考え方も、ほぼ同じと言って良いと考えます。
 情報通信審議会による答申は、「情報通信審議会 情報通信技術分科会 電波利用環境委員会 電波防護指針の在り方に関する検討作業班」がまとめた報告書に基づいています。しかし、同報告書は、電磁波による熱効果によってヒトが避けるべき上昇温度がなぜ「5℃」なのかという説明が一切ないという欠陥があるほか、この分野の専門家以外の者が読んで理解できるような書き方になっていません。
 したがって、ここではICNIRPの改定案を中心に、見ていくことにします。
 ICNIRPは電磁波による既知の健康影響を起こさないための国際指針値を策定している団体です。運営費はEUやWHOなどからの寄付や委託費から供給され、法的にはドイツ政府に登録されたNPOであり、委員は非営利組織の専門家から構成されています(独立行政法人情報通信研究機構のウェブサイトによる)。中立的な立場であるという建前ですが、ICNIRPの委員と上記総務省検討作業班の委員とが一部重なっていることからも明らかなように、各国政府の意向から完全に自由な組織であると言うことはできません。

ICNIRPの考え方

 ICNIRPは放送通信に利用される高周波電磁波(電波)による健康影響については、主として加熱による急性的な健康影響(熱効果)しか認めていません。熱効果を引き起こさないほどの強さの電波であっても、長期間にわたって繰り返し曝露することによって引き起こされる効果(非熱効果)による健康影響の可能性を示唆する研究は多数ありますが、ICNIRPは非熱効果による健康影響については明確な証拠がないとして、非熱効果から健康を守るための指針値は設定していません。これは日本の電波防護指針も同じです。

ICNIRPの改定案

 ICNIRPの国際指針値(総務省の電波防護指針も同じですが)は、携帯電話基地局のように遠くに発生源がある「遠方界」の電波と、携帯電話端末のように体のすぐ近くに発生源がある「近傍界」の電波について、測定方法の関係などから、別々の基準を設けています。
 5Gでは、4G以前よりも高い周波数帯である、3.7GHz帯、4.5GHz帯、および28GHz帯の電波を利用する予定です。
 遠方界についての規制値などは、以下の通りです。

  • 日本の電波防護指針 1000µW/c㎡(1.5~300GHz)
  • ICNIRPの指針 1000µW/c㎡(2~300GHz)

 以上のように、遠方界については、5Gで使う周波数帯の規制値などが、すでに策定されています(もちろん熱効果を防止するための値であり、非熱効果の防止については考慮されていません)。

 一方で、近傍界についての指針値は、

  • 日本の電波防護指針 6GHz超については定めがない
  • ICNIRPの指針 10GHz超については定めがない

という状況でした。
 このため、6GHzを超える周波数領域において、人体から10cm以内で使用する携帯電話端末などから発する近傍界の電波についての指針値を新たに設けることとし、改定案がまとめられました。
 ICNIRP指針の改定案は、以下の通りです(ドラフト14頁。訳は電磁界情報センター)。

 上記の表2のうち、「>6-300GHz(6GHz超300GHz以下)」の部分が、今回新たに提案される指針値です。

「5℃の温度上昇を防ぐ」

 上記改定案の根拠について、ドラフトでは以下のように説明しています(4.3.3.1.2. LOCAL TEMPERATURE)。
 ドラフトは、過度の局部的な加熱は、痛みや熱による損傷を引き起こす可能性があるが、42℃以下の温度で長時間皮膚に触れても痛みや損傷を引き起こさないことを示す広範な文献があるとしています。そして、現行のガイドラインでは、局所的に41℃以上の温度上昇をもたらす高周波電磁界曝露について有害かもしれないものとして扱っています。そしてドラフトは、体の組織を、二つにタイプに分けます。一般的に常温がより低いタイプ1組織を「上腕、前腕、手、太もも、脚、足、耳介および眼の角膜、前房および虹彩、表皮、真皮、脂肪、筋肉および骨組織のすべての組織」と定義。一般的に常温がより高いタイプ2組織を「タイプ1の組織として定義されているものを除く、頭部、目、腹部、背部、胸部および骨盤のすべての組織」と定義しました。タイプ1の組織の常温は、一般的に33~36℃未満であり、タイプ2の組織の常温は38~38.5℃未満であることから、有害かもしれない41℃にへの上昇を防ぐためには、タイプ1では5℃(41-36=5)、タイプ2では2℃(41-38.5=2.5)の温度上昇を、健康に悪影響する閾値としました。
 その一方でドラフトは「6超〜300GHzからの最大、およびしたがって最悪の場合の温度上昇が皮膚に近いため、タイプ1組織の健康影響閾値(5℃)を下回るように温度上昇を制限する曝露は、タイプ2組織の閾値(2℃)を下回るようにも制限する。」(375行目)と述べ、結局5℃を閾値として採用しています。
 なお、ドラフトの付録A(Appendix A)の3.3. LOCAL EXPOSURE FROM 6 GHZ TO 300 GHZの3.3.1. Relevant quantityでは、ラジオ波(高周波電磁波)の電力の86%が侵入深度内で吸収されるとし(362行目)、Sasaki et al.,(2017)の報告として、周波数ごとの.侵入深度についての表を以下の通り示しています。

表3.1 周波数6~300GHzにおけるヒト皮膚への浸透の深さ(真皮)
周波数(GHz) 比誘電率 導電率(S/m) 浸透の深さ(mm)
6 36. 4.0 8.1
10 33. 7.9 3.9
30 18. 27. 0.92
60 10. 40. 0.49
100 7.3 46. 0.35
300 5.0 55. 0.23

 すなわち、5Gで利用される28GHzの電波は、体の表面から1mm程度しか入ってこないとしています。

「平均化面積」

 ドラフトは、2cm×2cm(4cm2)の平均化面積ごとの入射電力密度を測定することによって、6〜30GHzの電波曝露による局所最大温度上昇の良好な推定値が得られることを最近の研究が示したと述べています。
 そして、さらに高い周波数が使われるとビーム径が小さくなる可能性があることから平均化面積を減少させる必要があり、30~300GHzについては平均化面積を1cm2とする、としています。「ビーム径が小さくなる」とは、周波数が上昇するほど電波が飛ぶ距離が短くなることから、飛距離を伸ばすために指向性をより強めて電波が届くエリアをより絞り込むことを意味しているものと考えられます。

指針値案

 上述の通り、皮膚が5℃上昇することを防ぐ必要があるとドラフトは述べています。そしてSasaki et al., 2017の研究を根拠に、5℃上昇させるために必要な電波の強さは200W/m2であるとしています。
 以上から、職業的曝露についての指針値はこれに1/2の安全係数をかけて100W/m2(10,000μW/cm2)、一般についての指針値は1/10の安全係数をかけて20W/m2(2000μW/cm2)とし、すなわち表2の通りとしました(5.1.4. LOCAL TRANSMITTED POWER DENSITY (>6 GHz – 300 GHz))。

指針値の問題点

 6GHz超の電波で温度が上がるのは、ほとんど皮膚であるとして、組織1の上昇温度条件(5℃)を満たせば、組織2の上昇温度条件(2℃)も満たせるとしています。しかし、通話のために携帯電話やスマホを耳に押しあてた時、皮膚から比較的浅い部分に、頭や目といったタイプ2の組織があります。それらの組織の温度上昇についてまったく無視をして良いのでしょうか。
 そもそも、非熱効果による健康影響を考慮していない問題がある上に、熱効果についてもこの指針値で守れるのか、疑問が残ります。

[1]総務省「高周波領域における電波防護指針の在り方 ― 情報通信審議会からの一部答申 ―」
[2]ICNIRP, GUIDELINES FOR LIMITING EXPOSURE TO TIME-VARYING ELECTRIC,  MAGNETIC AND ELECTROMAGNETIC FIELDS (100 kHz TO 300 GHz) 
[3]「情報通信審議会 情報通信技術分科会 電波利用環境委員会報告 ―「電波防護指針の在り方」のうち、「高周波領域における電波防護指針の在り方」について―」
[4]電磁界情報センター「ICNIRPがRFガイドライン改定版の草案を発表」

タイトルとURLをコピーしました